デザインシステムやカラースキームをどれだけ緻密に設計したとしても、それだけでいいデザインになる。わけじゃない。
1つのアイディア(≒ちょっとした思いつき)に突き動かされて、衝動的に描ききってしまったようなデザインにも、そこにしか無い熱量があるように思うんです。
ブラッシュアップは神じゃない
たとえば。
真っ白なカンバスに、ぽつんと描かれたオブジェクト。
何の数値や計算にも基づいていなさそうな写真のトリミング。
それはきっと、そのデザイナーのその瞬間にしか出せない熱量の塊で、ある意味完成している。
初期衝動。たぶん、パンク。
それが、ブラッシュアップとかいう魔法の言葉と、フィードバックという玉石混交のマナーを守っているうちに、そのキラキラとした熱量は、瞬く間に消えていきながら、「思ってたんとちゃう…けどいいか。」という玉虫色の1つの答えに辿り着く(すべてではないです)。
そういうフィードバックを受けず、熱量を保ちたければ…
そこには、圧倒的なインプットとアウトプットの数しかないように思うんです。
マナーやルールをいったん自分のものにしたうえで、己の中で再構築する。と、見つかるのかも知れません。
初期型を超えるのはムズい
初期型を超えるデザインはなかなか生まれないと思うんです。
2ndアルバムがデビュー・アルバムよりグッと来ない…って感じてしまう時のように(もちろん例外もたくさんあります)。
だからといって、経験も少ないうちから、初期衝動をカタチにしようとするのは素人もしくはアーティスト。ビギナーズラックは仕事じゃないですし。デザインは仕事ですから、やっぱり経験がものをいうことも多い。
ただ、手慣れてくれば来るほど、初期衝動から遠ざかり、手癖の塊に陥るのもまた恐怖。
感覚だけではなく、知識や理論、地道な技術の習得もやはり必要で、それらを血肉にしたあと、ぜんぶ壊して再構築。その先で、もう一度パンクになるんです。きっと。
だから難しい。
パンクのまま世に放つ
せっかく生まれた初期衝動を殺さずに、ちゃんと成立させる。
そのバランスを探し続けること。
それがデザインなのかも知れません。
わたしは、CBOをしています。
J.B.Goode株式会社は、デザインや技術を表層だけではなく、その奥にある「構造」まで考え、形にするチームです。
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