ごめんなさい、ちょっとお行儀の悪い話をします。
多様性
それ言う人苦手。
あ、じゃ 今、多様じゃないってことね。って思えてしまうから。
「平和」を叫ぶ場所はいつも凄惨な戦場だし、
「健康」を声高に叫ぶのは病床の人であるように。
「多様性」がこれほど叫ばれている今の世の中は、実はかつてないほど「画一的」で、
均一に漂白されたちょっとつまらなくなりつつある場所なんじゃないか、と。
なんだか、どこの都市も東京のどこかを模倣したようなガラス張りのビル。
どこを真似たのかも思い出せない、どこにでもある「シンプルおしゃれ」なカフェ。
居酒屋で唱えられる「とりあえず生」 ──「生」とか、そんな大きな声で言って大丈夫なのか。
そう、失敗したくない、嫌われない合格点を出そうと僕たちは最適化を繰り返した結果、
なんだか同じアルゴリズムに吸い込まれているような気がしている。
同じであることは安心する。
間違えることも、傷つくこともない。
だけど、なんだかな。
それが「間違い」じゃないってのが、なおさらタチが悪い。
無駄や失敗を大いに笑い愉しもうという気風の良さがほしい。
進化は、いつだって「コピーエラー」から始まってるやん。
生物の進化の歴史を振り返れば、新しい種が生まれるきっかけは、
常にDNAの「コピーエラー」 ──生命のバグだと学んだ。
完璧に同じデータを複製し続けるだけの種は、環境の変化に対応できず、いつか滅びるらしい。
だとすると、エラーを起こし、予定調和を裏切ったノイズこそが、次の時代を生き抜く方法なのかもしれない。
ラーメン屋の大将の仁王立ち画像もそろそろ考え直すタイミングだろう。
イナバウワーで撮る人が出てきてもいい。
うん、そろそろみんなの記憶から忘れてきた話題のポーズならなおさらだ。
それが一杯入魂を表現できているかは別として。
ものづくりも、きっと全く同じ。
巨大テック企業が推奨するフレームワークや、高名なコンサルタントが作ったガイドライン。
これらは確かに素晴らしい。
従っていれば、誰でも大外れのない「60点」の合格点が手に入る。 漏れなく。
でもね。わざわざ僕たちがここに集まり、自分の頭を悩ませてキーボードを叩く意味は、
用意された安全な60点を取りにいくレールの上を歩くことではない。
セオリーの「外側」を歩こう。
そこに僕たちの表現があってもいいんじゃないの。
誰かが作った「安心な正解」を自分たちの手で引きずりおろし、新しい色で上書きしていく。
予定調和の正解の中に「ノイズ」や「バグ」を意図的に埋め込んでみる。
童話の金太郎も、熊から自転車に乗り換え、マサカリをMacbook Pro、 ユニクロの感動ジャケットを着て、鬼を説得してもいい。
あーもうそんなのあったか。 サラリーマン金太郎っていう漫画。
あれは取引先や上司殴ったりしてた。ハラスメント通り越して軽く暴行罪。
それはダメだわ。
ほんとすいません。なんの話でしたっけ